『あまちゃん』(NHK総合)は、2008年から始まる東北を舞台にした長編ドラマである。
だから、2011年に起きた東日本大震災を描くことになるのは、放送開始当初から話題になっていた。


脚本を担当する宮藤官九郎は「(震災を)やらないのも嘘、それだけをやるのも嘘」(MSN産経ニュース)と語っていたし、放送開始前の今年3月11日に書かれたブログでは「『あまちゃん』は震災を描くドラマではありません。
お茶の間の皆さんが愛着を持って見守って来たキャラクター達が、その時を経て何を感じ、どう変わるかは、ちゃんと描くことになると思います」と書いている。

その言葉どおり、『あまちゃん』における「震災」は数あるエピソードのひとつにすぎない。
しかし、重要な分岐点のひとつであることも事実だ。果たして、『あまちゃん』は震災をどう描いたのか。

132話(8/31放送)では、3月12日に東京で開催される天野アキ(能年玲奈)念願のライブに向けたリハーサル風景が描かれていた。
北三陸の人たちも楽しそうだ。「最近地震が多い」ということ以外、何も変わらない。アキのライブを見るため、ついに上京することになったユイ(橋本愛)はみんなに温かく見送られ、大吉(杉本哲太)と共に北三陸鉄道に乗り込んだ。
物語上の母娘の確執や、春子(小泉今日子)と鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)と太巻(古田新太)のいざこざなど、整理すべき問題も片付けられていた。
それは、そういった問題解決の理由や動機に「震災」を使いたくないという、作り手の意思の表れだろう。

そして、あの日がやってくる。

133話(9/2放送)は緊急地震速報で携帯電話が激しく振動するシーンから始まった。
“みんな助かってくれ”。そう強く願いながら画面に見入ったのは、もちろんこれまで愛してきた登場人物たちへの思い入れもあるが、まだ脳裏にこびりついている僕たち自身の震災の記憶を呼び起こされたからだろう。

いつものように軽快なOP曲が流れだす。
この明るいテーマ曲を流さない、という選択肢もあったかもしれない。
むしろ、そのほうが演出としては定石だ。この状況に明るい曲はそぐわない、と感じる視聴者も多いだろう。
だが、この日もいつもと同じだった。音楽を担当した大友良英は言う。

「最初から震災が来るというのを想定して作った曲。演出の井上剛さんはじめ、みんなが『これずっとかけ続けるから』って、最初からかなり強い意志でおっしゃっていて。
何が起ころうと変わらない日常があるわけですし、聴こえ方が違うと思うんですよね。
震災の時に限らずなんですけど、アキちゃんが笑ってる時、泣いている時、それぞれ聴こえてくるところが違う。
今日は今日で違う聴こえ方がしてくると思うんですよね」(『スタジオパークからこんにちは』)

地震や津波の被害はジオラマによって表現された。
ドラマ開始当初から何度となく登場し、観光協会長・菅原(吹越満)の道楽のように扱われてきたあのジオラマだ。
そしてトンネルで急停止し、辛くも難を逃れた北鉄の車両から、外の状況を見ようと歩き出した大吉が気持ちを鼓舞して歌ったのもまた、小ネタとして何度も歌われた「ゴーストバスターズ」だ。

一方、東京では、被害状況を映すテレビ画面に見入りながら、気持ちが追いついていないアキたち。
そこに豚汁を差し入れする安部(片桐はいり)に「なんか今は、まめぶ食べて文句言いたかった」「安部ちゃんといえば、まめぶだもんね! ドラえもんの、どら焼きみたいなもんたい!」とGMTのメンバーが言うと「まめぶはポケットには入りません!」と安部がちょっと的外れなツッコミを入れ、ようやくみんなに笑顔が戻る。

「ジオラマ」「ゴーストバスターズ」「まめぶ」。
これまで小ネタでしかなかったものが、一転して大きな意味を持つ。
非日常の中にも日常は潜んでいる。それが、かけがえのない救いになったのだ。

北三陸の住民の安否は「みんな無事 御すんぱいねぐ(ご心配なく)」という祖母の夏(宮本信子)の短いメールでのみ伝えられた。
そして、地震や津波の被害から奇跡的に逃れた北三陸鉄道が「1区間でも1往復でもいい。誰も乗らなくてもいい。運行を再開することが使命だ」と大吉たちの奮闘で震災からわずか5日後に運転を再開させたという、ほぼ実話を基にしたエピソードが挿入される。

しかし、震災後の北三陸の描写は、アキが北三陸に戻るまでの3話(134~136話)の間で、わずか5分足らずのこのシーンだけだった。
これまで東京編でも頻繁に北三陸の人々の生活を描写してきたことを考えれば、異様なことだ。
それは、東京といわゆる被災地の、あの「断絶」をあえて描かないことで、痛烈に表現していた。

北三陸鉄道を復旧したように、とにかく前へ進むしかないと踏ん張って生きようとする北三陸の人々に対し、東京では迷い立ち止まっている人々の様子が描かれる。

震災発生当初、娯楽は「自粛」を余儀なくされていた。

「娯楽に関わる多くの人が自分自身に問いかけました。ドラマや映画や歌がなくても人は十分生きていける。でも水や食べ物、電気や燃料がないと人は困る。生きられない――」(春子・語り)

鈴鹿はドラマの出演依頼に対し「もちろん出たい! だけど東北の方々に申し訳ない……」と後ろ向き。
それに対し、社長の春子は言うのだ。

「東北の人間が『働け』って言ってるんです!」

一方、GMT5マネジャーの水口(松田龍平)が懇願し、プロデューサー太巻が「恩売るだけだぞ。お前に対する“売名行為”だ」と承諾して実現したアキとGMT5のテレビ収録。
そこで「地元に帰ろう」を歌ったのを最後に、アキは北三陸へ帰ることを決意した。

人はドラマや映画や歌や笑いがなくても生きていける――そんなわけがない。
震災後の東京の描写は、作り手のそんな強い意志を感じずにはいられない。
震災後わずか2年で(もちろん、震災を描くのがメインではないという注釈がつくにせよ)国民的ドラマで震災が描かれたというのは、誰もが思い浮かべるような傑作が生まれていない阪神大震災後のドラマ・映画製作状況を鑑みれば、いかに異例で偉大なことか分かる。
ちなみに阪神大震災を描いたドラマ・映画の中で、最も印象的なドラマのひとつである『その街のこども』(NHK総合)の演出は、『あまちゃん』のメイン演出であり、震災が起こった週を担当した井上剛だ。
「朝ドラ」で震災を扱う。
それは脚本家、演出家にとって、ある意味で「売名行為」なのかもしれない。



>>その街のこども 劇場版 [ 森山未來 ]


三陸に戻ったアキを迎えたのは、「地元」の人々の以前と変わらないとびきりの笑顔だった。
そして「ふさぎこんでてもしゃあねえからな」と、家が流されたり、全壊したことなど、地震や津波の被害を笑いながら語る。
かつて、「みんないろいろあって、最終的にここさ、帰ってくんの」と、自分たちの過去を笑い話にしていたように。
そして夏は、アキが初めて北三陸に来た日と同じように、海女として海に潜っていた。
「なして潜ってんだ?」と問うアキに、夏は以前と同じように答えた。
「おもしれえがらに決まってんべ!」

アキは、袖が浜では一番被害ひどかったという海女カフェを訪れる。
海女カフェは、アキが作った、このドラマにおける「娯楽」の象徴のような場所だ。

「決めた! 海女カフェ復活させっぺ!」その廃墟と化した惨状を見て、アキは宣言する。

「正直、分がんねかった……。オラにできること、やるべきことって、なんだべってずっと考えてた。
(略)頑張ろうとか、ひとつになろうとか言われても息苦しいばっかりでピンとこねえ。
んでも帰ってきたら、いろいろハッキリした。とりあえず人は元気だ。みんな笑ってる。それはいいことだ。食べる物もまあある。北鉄も走ってる。それもいいこと。んだ。東京さいたら、いいことが耳さ入ってこねえんだ。オラが作った海女カフェが流された。直すとしたらオラしかいねえべ! これぞまさにオラにできることだべ!」

アキは、壊れてしまった居場所を「逆回転」させ、再生させることを誓ったのだ。

「笑わないことが追悼ではない。だったら365日笑っちゃいけないはずだ。むしろ亡くなった人の分も笑ったり泣いたり喜んだり悲しんだりしながら生きるのが供養なんじゃないかなと思います」(宮藤官九郎ブログより)

何が起ころうと変わらない日常がある。
その日常を変わらず、「普通」に生きることは、いまや困難を伴うことだ。
しかし、その尊さと大切さを『あまちゃん』は「笑おうぜ」というメッセージに乗せて伝えている。
「自粛」したってしょうがない。「不謹慎」だとか「売名行為」だとか批判を浴びたって、そんなことお構いなしに立ち向かった娯楽や笑いに、僕たちは希望を感じ救われてきたのだ。

海開きの日、震災後わずか4カ月でアキたち海女の実演が行われるということで、多くの取材陣や見物客が駆けつけた。

「アキちゃんとユイちゃんが揃う、滅多にないチャンスだもの。ただ指をくわえて見てるわけにはいかねえべ」と商魂たくましい菅原、大吉たちは「K3RKDNSP(北三陸を今度こそ何とかすっぺ)」と書かれたお揃いのシャツを見せつけながら不敵に笑う。

「よろしく頼む。だって“被・災・地”だもの」